2021年6月15日おたまじゃくしに足が出た~小石川植物園

2021年6月おたまじゃくしweb230上野動物園も、美術館も博物館も、小石川植物園も開かれて、

健康と幸福の空間が増えました。

特別のことが何もないような、さりげない時節の植物園は、

とても静かで、いっそう自然で、心も体も養生できます。

小さな発見もあります。おたまじゃくしに足が出ました。

自然界を支えてくれるカエルの子です。

2021年5月18日月とスッポン

2021年5月スッポン.web280いました! スッポンです。

上野・不忍池(しのばずのいけ)です。

相撲も野球も観客を入れて開催されているのに、

上野の森は、動物園も博物館も美術館も閉鎖されており、

子どもたちの貴重な体験と感動の機会は、奪われたままです。

心と体の健康維持のため、散歩ばっかり、池の端

池の中には、蓮の森が広がり始めているのでしょうね。

スッポンが遊びに来てくれて、何の前触れかと思っていたら、

 2021年5月26日、スーパームーンの皆既月食。

 

2021年5月7日緋の薔薇

2021年5月ばらweb200五月の薔薇は、立夏のバラ。

四季咲きとはいえ、5月の薔薇の美しさは格別だ。

緋色は火の色。魔よけの色。今こそ天に捧げたい。

ダルマの赤にも赤べこにも、魔よけの意味があるらしい。

吉村昭の小説「破船」を思い出す。これほど恐ろしい小説はない。

魔よけの赤で、潮目が変わる。。。強い心で生き抜こう。

2021年4月22日富があふれている

2021年4月花畑オオアマナ オオアマナ・タンポポ・ハルジョオン・・・

富はここにある。造りこまれていない植物園の小さな森に、富があふれている。こどもはそれを全身で受け取る。

あゝどうか、閉ざさないでください。この楽園を。

2021年4月2日復活の朝・イースターエッグ

2021年4月5376エッグスタンド復活の朝、たまごを食べる。

 今年は、4月4日がイースター。イエス・キリスト復活の日。

そして、4月8日は花まつり。釈迦の誕生日だ。

春は、復活の季節であり、そこには生みの苦しみもある。

たまごは、鶏が産んでくれた。

エッグスタンドは、リサ・ラーソンの1982年頃の作品。

どこかのお家の戸棚の奥で眠り続けていたものだ。

眠りが「死」と同義とすれば、目覚めはいつも復活だ。

何度でも生まれ直そう。復活しよう。

2021年3月30日永瀬清子の詩

2021年水辺の桜.280web永瀬清子さんの詩 「だましてください言葉やさしく」

この詩は、この言葉で始まり、

「ああ私はあまりにも荒地にそだちました。」と続く。

    だましてください言葉やさしく

    ああ私はあまりにも荒地にそだちました

この二行だけで、涙があふれてくる。。。水辺の桜の木の下で。

2021年2月28日「カラスとワタシ」・「満月と椅子」

2021年_0001カラス椅子の張替えを、職人さんにお願いした。

仕上げられた椅子が搬入される日、

気になって仕方なかったのだろう、近所のカラスがそれを見に来た。

そんなことがあった。

この画はペン画だが、私にとってペン画は銅版画の母である。

今日で2月も往ってしまうが、今朝は満月の朝だった。

清々しい朝、張替えられた椅子に寄り、月を見送る。

雑念にまみれる日々を、支えてくれるもの・・・ありがとう。

2021年2月14日定点観測の日々

2021nenn-IMG_5050外出自粛により、定点観測の日々が続く。

久しぶりに、先日、ヒッチコックの映画「鳥」を観た。

鳥に小さな変化が生じ、何事か訳のわからないことが起きる。

訳がわからないから不安になる。不安だから怖いのだ。 でもね、

怖いのは、鳥よりも、人の心で、過度の不安と恐怖から、理不尽な批判や

魔女狩りがはじまる。やっぱり人間が一番怖い。他人事ではない。

この冬から春(2020年から2021年にかけて)、鳥インフルエンザは苛烈を極め、鳥も被害者だ。

虫の知らせがあり、鳥の知らせがある。 心を開いて、自分自身を鍛え直したい。

2021年1月22日件(くだん)・バイソン・内田百閒

2021・件web300 これは、陶芸家リサ・ラーソンの2017年の作品です。

 「野牛 バイソン」

 人面牛「件」を彷彿させる面構えです。

 件とは、未来の凶福を予言して程なく死ぬといわれる幻獣です。

 内田百閒の短編「件」は、予言を求める人々の期待圧力に、

 戸惑い、恐れる件の災難を描いています。

 内田百閒らしい訳の分からない世界なのですが、

 そこはかとないおかしみがあります。

 臨終に見る夢の一つなのかもしれません。

 この世とあの世の間には、「件」のような時間があるのかな。 

2021年1月7日「苦い」は「甘い」

2021年・柿にメジロweb300 隣の柿は、渋柿のようである。 年末までは 鳥も食べない。

 おかげで秋から冬までずうっと、赤い実が、人の目を喜ばせる。

 それが、年明けの頃になると、トロトロに甘くなるらしく、

 鳥という鳥(カラスやカモは除く)が食べにくる。冬の恵みだ。

 残り物には福がある。渋柿残って甘くなる。。。

 渋さが災いだとすれば、災い転じて福となす、自然の力だ。

 自然は甘くないが、渋柿は、甘柿よりも甘くなる。

 新型ウイルスのコロナ禍も、どう転じるか、わからない。

 

2020年12月7日銅版画・拭き取り布

2020年11月拭き取り布web280 銅版画を刷るとき、詰めたインクを拭きとる布です。

 銅版画を刷るという行為の本質は、

 版の溝にインクを詰め、余剰のインクを拭きとることです。

 刷ることは、拭くことだ。これが、刷りの実感です。

 拭き過ぎるとインクが抜ける、拭き足らなければ、今度は、

 油膜(インクの吐息)が残り過ぎ、版の本当の姿が見えない。

 インクの入り方、油膜の残り方、平らな心で拭き取らないと、

 版の女神は微笑まない。 邪心がね。いけないんです。。。

ボロボロだけど、どうしても捨てられない荒拭き用の拭き取り布。

2020年11月24日スズメの巣立ち

2020年のスズメweb280 ピーチクパーチク鳴いていたスズメの幼鳥が、巣立ったようだ。

 向かいの家の非常ベルの裏が、彼らの実家で、うちのベランダは、

 その前庭みたいな感じだったから、毎日遊びに来ていた。

 スズメの鳴き声は、とても美しいことに気づいた。

 モーツァルトのピアノ曲を聴いているようだった。

 その声が身近に聴こえなくなって、ちょっと寂しい。

2020年11月8日今月の詩画「満の白菊」

2020年11月・白菊240 今月の詩画は、”まんのしらぎく”です。

 人生は失われてゆくものだと告げられたことがあります。

 失われても、失われても、人生は続きます。

 メソメソしてもいられません。

 それでも、かなしいものはかなしい。

 かなしみが満ちてくるなら、満ちればいいと思います。

 深いかなしみにも、治癒力があるといわれています。

 信じてみようと思います。

2020年10月30日十三夜の月

2020年十三夜.280 2020年10月29日

 十三夜の月が昇って 天高く

 同じ月夜などあっただろうか

 月はめぐる 雲がざわめく

 恒久不変のようでいて

 絶え間ない成り行きがある

 この世のことは何もかも美しいのだと

 ほんの一刻

 だまされましょうか

2020年10月1日今月の銅版画は「月の糸」~spider moon~

月の糸 2020年10月1日は 十五夜。

 中秋の名月。

 月の光をつかまえたくて

 蜘蛛の糸を編むように描画しました。

 銅版画は、時代遅れの手仕事なのかもしれませんが、

 想像力の中で、月から糸を引きました。

 夜空に網をかけました。

 月の糸だか蜘蛛の糸だか、よくわからなくなりました。

 妄想だったのかもしれない。

2020年9月30日10月は蜘蛛の巣城 

2020年蜘蛛の罠web280A 都会の森の片隅に、花のような蜘蛛の網を見つけました。

 視力体力の衰えた虫は、花と見間違えて引っかかるのでしょうか。

 その奥で、蜘蛛が待ち構えているのに。。。よく見ると怖い。

 でも、夏の虫にも寿命があるし、森が虫の亡骸だらけにならぬよう、

 役割を終えた虫たちを、蜘蛛が上手に頂くわけですね。

 そういう自然の仕組みなのですね。

 それにしても、見事なレース編みです。

 10 月の森は、ゴージャスな蜘蛛の巣城となることでしょう。

2020年8月27日幸福の造形美*アサギマダラ

2020年9月アサギマダラ280up羽根を開いた瞬間を、 撮影できた。

(2017年8月15日の写真は、華麗な横顔だった。)

アサギマダラは、人なつっこくて、山や森の道すがら、

ひらりひらりと寄ってきて、遊ぶようなことがある。

「幸福は蝶に似ている、追えば飛んで行ってしまう」と

詩人は悲観したりするけれど、 蝶を追う子供ごころは弾む。

やがて海を渡るアサギマダラは、コロナの夏も、力強い野生の造形で、のびのび生きているようだった。

2020年8月16日私が一番きれいだった夏

2020年8月カマキリ280 わかりにくいと思います。

植物のふりをしていますから、今。

朝顔の茂みの中で。

きれいでしょ?この手足。葉っぱにかけた細い指先。

幽霊みたいに見えますか。

ちょっと休んでいるんです。 捕食のための鎌をおろして。

この緑陰の王国を仕立ててくれた人間は暑い暑いと言っていますが、

私は汗もかきません。 肩こりは少しあるかもしれない。

あなたのそばで優雅に暮らす、夏の蟷螂。~カマ・キリコ~

 

2020年7月20日蓮の葉に空の涙の水まんじゅう

2020年7月蓮の水玉280web

 雨上がりの朝

 蓮の葉に残された水の玉に、心奪われた。

 まるくて、ぷるんぷるん。

 蓮の葉っぱの大皿に、天の恵みの夏菓子だ。

 池をめぐって、上野のお山、寛永寺を経て、

 日暮里御殿坂を上がったところに軽食・甘味「花屋」がある。

 ここのあんみつ、寒天が絶品で、何だか急に食べたくなった。

2020年7月1日1959年の皿

IMG_4515皿

1959年、スウェーデン製、時代の気分を伝える皿。

子供の頃のお風呂のタイルもこんな感じだった。

日本の風呂とスウェーデンの皿が繋がっていたなんて、楽しいな。

新型コロナの影響で航空便が激減している中、届けてくれた。ありがとう。

どの時代にも悲惨はあるが、希望を感じていた、昭和30年代。

この皿にもそれを感じる。 失くしてしまった お風呂のタイル。

今の子供たちに、私たちは、どんな希望を示せるのだろうか。

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